2009年9月28日月曜日

a dream touched by 小林秀雄

 昨日見た夢の話。夢の中の僕は、その大いなる発見に興奮しつつこう言う。そうだ、すべては関係性の中で決められているのだ。例えばこの関節痛にしてみても、この関節とかかわる情勢と本人との関係の中で現れるのであって、それを考慮しないのは論外である。そして見たまえ、こういう言葉でさえ僕のものとは思われないということ、この姿形さえinteractionの中のものであることは明らかではないか。それは魂と現実の中で交差するある現象なのだ。君と僕との交流さえ信じられないくらいの条件の中で起こった奇跡の1つ、あるいはありふれた偶然だ・・・夢の中では、なんだかものすごく納得して、感激もしていたのだけれど、だからなんだと言われると、あたりまえのような気がする。うーむ。
 
 寝る前に小林秀雄の講演をCDで聴いていたせいかもしれない。いや、多分そうだ、なんたってミーハーだから。

2009年9月24日木曜日

the place where our mission lives

 先日、母校自治医大で地域医療フォーラムという500人規模の会合がありました。学生さん、卒業生をはじめ、いままで自治医大に関係したいただいた方も含めているので、卒業生をメインにした集まりとしては最大規模だったと思います。青森県の学生さんたちも10名ほど参加。彼らに感想を聞いてみました。
 要約すれば2点。話の内容があまり理解できないこと、それでも卒業生たちの熱心さが伝わったこと。地域医療のシステム、拠点病院の話、地域における研究の話、地域枠学生との連携。いずれも現場ではリアルなものでしたが、まあ、学生時代には考えないよなあ。それにしても卒業生たちの熱心さはなんだったのか?もう50歳を超えたような人たちが、へき地診療所が閉鎖されて自分が都市部の病院に勤務していることの違和感を、とつとつと述べている、その素直さに感動しました。そうだよ、僕らはそのような医師として生まれたはずだった。会場の誰も異議を唱えない、唱える訳がない。missionはこのようにして地方にいる卒業生の中に受け継がれているのだから。母校は変わったのか?あるいははじめからこのようであったのか。missionがただのお題目となった我が母校は生き残れるのだろうか。
 卒業生が自ら作成した校歌を、力の限り歌う。”医療の谷間に灯をともす”、”ともに進まん医の道を”と。胸が痛い。拍手しないでくれ。

2009年9月17日木曜日

falling snow

 今週はいろいろな所から診療支援に来ていただいてます。スタッフの休みをカバーするためにお願いしたのでしたが、東京や仙台から駆けつけてくれた彼らに感謝しています。それにしても昨日は研修医3名、僕、1週間の応援医師、当直代診の医師と総6名となり、なんとなくインフレ状態というある意味贅沢な状況となりました。これが皆スタッフメンバーであったらどんなに良いことか、と思いつつ夜の歓迎会に突入したのでした。
 この3年間でお会いした多くの研修医の人たちがこちらで働くのには大きな壁があるのだそうな。いわく雪がなあ、と。2−3年の期間であっても同じ条件なら、関東あるいは南国を選ぶのだそうで、まあ、わからないでもないか。雪だものね。それではその対策は、というと、条件や給料という月並みな対応では十分ではなく、かといって地域医療の研究と実践という学術性で押すには知名度が低すぎて、実績がなさすぎて、なにもないからこそ研究だ、君が主役だ、といっても丸投げと言われそうだし。
 ・・・雪は本当に美しいよ。降りしきる雪の中で一人歩くことの愉悦を、屹立した存在だけになったような不思議な感覚を、他者へのあこがれを、どうやって伝えよう。雪は地域医療の真意を静かに教えてくれるのだ。啓示としての雪、というお話。

PS:鍋も良いよ。
 

2009年9月11日金曜日

a firefly

 先日久しぶりにH大学出身のKさんからのメールが届いた。ある地域の有名な病院で研修中に、東南アジアでの体験実習に参加した時のスナップ写真が添付されていました。うーん、相変わらず元気そうでなにより。子供たちと一緒の写真、日本人かと間違えるようなおばさんたちとの診療風景、なかなか暑そうな雰囲気が伝わってくる。六カ所村で見た吹雪の中で送迎バスを待つおばあさんたちのことを思い出したとのことでした。自分の中にある、意識の下にある、ある重要な感覚がよみがえって驚いたのだと思う。それで、メールをくれたのだよね。あんまり急なことだったので、体調が悪いのかとちょっと心配もしたのだけれど(おじさんだから)。
 メールありがとう。地域医療の、あるいは寄り添うものとしての医療の意味に共振して明滅する蛍を見ているような気がしました。いつかまた会いましょう。

2009年9月5日土曜日

my sweet lover

親愛なる人。僕がもしも、いわゆる若年型アルツハイマー病だったとしたら、君はどうするだろうか。君はもともと体が弱くて、どちらかと言えば僕が支えてきたのだけれど、そのような僕ではなくなってしまうのかもしれない。自分が壊れてゆきつつあることを自覚するのは、想像以上の不安と恐怖だ。愛する人よ、僕はこわれつつあるのだ。輝くようなあの思い出をたぐり寄せれば、あのときのような僕ではあるのだけれど、口笛を吹けば、あの時の口笛と呼応するのだけれど。まるで時を超えたやまびこのようだ、そう、過去に閉じるようなこの感覚が不思議で、とても愛おしい。目の前の事象は、あまりにせわしなく、僕を息苦しくさせる。親愛なる人よ。僕のそばにいてください。手を握っていてください。(あるご夫婦の逸話から)
 僕はこの村の医師としてなにができるのだろうか。僕ら夫婦にとっても、まるで他人事ではないのだけれど。