2009年12月17日木曜日

snow view, déjà-vu

 とてもさらさらとした細やかな雪が、それは強い寒気の中で短時間に生成された粉雪だから、髪にまとわりつくのでもなく、合繊の防寒着にかすかな音をたてながら、村に降りそそいでいる。この季節になればあたりまえのありふれた様態に、わけもなく多くの記憶が重なってゆく時は、白い吐息にもなにかのささやきが混じるようだ。ベルグソンの言うように記憶は体に宿るものならば、この感慨も、記憶の再生というのに等しいのだろう。小学生のころ、あの街角で粉雪の頃に兄とともに走って駄菓子屋さんの小さなショーウィンドウに置かれていた小さなデコレーションケーキを見に行ったこと。高校生の頃大晦日の夜、一人でお寺の境内まで歩いていった時にみた粉雪がたき火に照らされて、まるで桜の花びらのようだったこと。子供たちと息を切らせてそりレースをしたときに降っていた粉雪のこと、彼らの紅潮した頬。
 雪は幻想的である。この眩暈をともなうような既視感や、時間の壁が消失したような不思議な感覚は、ちょっとした村上春樹の世界のようだ。という訳で、この雪の世界で行う医療や研修というのは、けっこう楽しいということの宣伝になっているだろうか(・・・今後もしつこく、地味に、雪国研修キャンペーンを継続する予定)。ちなみに、さっきの眩暈をともなう既視感というのは、精神運動発作ということではないですからね、念のため。

2009年12月13日日曜日

articulation

 分節すること、発音すること。ある事象をその背景からある言葉で取り出すことで、新しい事象として確定され、背景はそれと違うものと認識されるに至る。世界が生まれるということだ。光が闇との対として生まれるように。
 昨日地域医療に関する会議の中でDr.Fが語ったことは、そのようなことであった。総合という言葉でidentifyする自分は、専門という世界から新たに分離されて輝くようになるのだけれど、これは僕らの望むとことであったのだけれど、そこには選別が生まれ、専門の世界の人はさらに総合の世界から離れてゆくのだという。総合の優れた医師は本来どこでも必要とされていたものだから、それが認識されたとたんに、総合医への過重負担が発生してしまう。医師数の不足よりももっと問題なのは、本来必要とされる医師、総合的な医師があまりに不足していることだ、とDr.Fの経験が語っている。H大学のK教授の視点も実は同じようなところにある。地域枠として入学する医学生を、それとして区別することに大きなリスクを見て取っているのだ。現実をまっとうに見る人たちは同じような意見に到達するという見本のようだ。
 家庭医/総合医を増やすことは1つの解決策ではあるけれど、確かに地域医療や地域枠という言葉で切り取られた世界にさらされてしまうというpressureを生き抜くのは簡単ではない。自治医大の経験に即して考えれば、それは異質なもの特別なものとして区別されることに近いのであった。しかしながら一度発語された言葉は、世界を分けてしまうものだから、いまさら消去することもできないだろう。一方でそれが言葉として認識されているのなら言語学の知識を援用できるかもしれない。つまり言葉の意味は文脈の中で事後的に確定される。考えてみれば、地域医療という言葉は、それを話す人が文脈に応じて使い分けてきたというのが実情であった。そのために地域医療の定義が混乱していると言われてきたのだしね。ならばそれでよい。そして、その言葉の持つ根源或はボトムラインはこうなるだろう、”病む人への共感”。ありきたりだろうか。しかしどうやら、僕ら自治医大生の卒業生が現場の中で獲得したものは、こういうことだったのではなかったろうか。

2009年12月7日月曜日

bud in tree

 こずえの先に突如現れた新芽をみるようだった。今まさに冬が始まるこの時期なのに、人間の感性というのは不思議なもので、ある人の行動1つで気分はもう春なのだから。本当にはかない梢であるにしても、それは天空をさしてのびているのだし、こずえの中枢側からみれば、その新芽は太陽の中でまぶしく反射して目がくらむほどだ。大げさな表現を今日は(今日も?)許してもらいたい。たまには、良いこともあるものだ。ぬか喜びにならぬようにと後輩に釘もさされているけれど、今はとりあえずいいんじゃない?楽しいんだし。(とても個人的な話なので理解できないと思います。すまない。)

2009年12月5日土曜日

open the channel , catch the pace

 簡単なようで難しいコミュニケーション。診察室に入っていきなり演技的なほどの具合の悪さを発散させる人に、うまく同調できずにとげとげしい雰囲気になってしまうケースについての検討会の話。
 普段なにげなく行っている外来診療は、ほぼその全ての工程がコミュニケーションでなりたっているということを以前説明したと思う。ちょっと復習すると、外来診療の構造には3つのパターンがありA(acute)B(basic)C(chronic)に分けられる。このパターンを認識することで、今、自分が、何をしているのか或いはどんな方向を目指しているのかがわかるので、外来を始めたばかりの人たちには有用ということだったよね。しかし、だからといってよいコミュニケーションができるこのと保証にはなりません。物語をたどり、共感を得ることが重要というのは間違いではないのだけれど、多分もっと基本的で、考え方というよりは身体的な対応の仕方が大切だったのかもしれないんだ。
 会話は始めるには相手に、会話を始めてもらって良いというシグナルを送る必要があるので、例えば電話でも”もしもし”には”もしもし”だし、普段の会話でも”おはよう”には”おはよう”という具合に、今回のケースで言えば”具合の悪いことをおもいっきりアピールしている仕草”には”具合が本当に悪そうですね。”と返すことでコミュニケーションのchannelが開かれたかもしれないし、”早くなんとか処置を”というアップテンポの雰囲気にはアップテンポで対応するというのが良かったのかもしれないね。僕がうまくできるといっているわけでもないんだけれど、これはNLPという心理療法が教えるコミュニケーション技法の1つでもあるらしいんだ。もちろん診断をきちんとすることは重要なのだけれど、経験が教えるところでは、コミュニケーションエラーは診断を誤る大きな要因にもなっているのだからね。自戒の念をこめて。

2009年12月3日木曜日

being radical to break the frame

 ”現場において、それを行い続けているのには特有の起源と理由があるのだから、いきなり否定するのは乱暴である”と、僕はこのように言ったのだった。こういう言い方自体はそれなりの理屈を付与することはできるのだけれど(なんでも理屈はつけれるものだし)、若手の医師に指摘されたことに動揺して放った苦し紛れの言い訳にも聞こえる。うん、多分両方あるのだけれど、大人ぶったその言い方が気に食わない。自分で汚してしまった悲しみに降り積もる雪は冷たいな。
 結局のところ、重要なのはその動揺をきちんと自覚的に検討できるかどうかということなのだ。動揺するのは、もともとそのことが、自分に動揺をあたえるような不安定なレベルのものであって、潜在意識として継続されていたということなのだ。さらに、起源にもどって考えるという動作は、勢いで言ったにしろ、きっと有効だろうし、違ったであろう未来に出会うために必要な所作に違いない。これこそradicalという言葉の本来の意味なのだし、かたくなな自分を変える有効なあり方の一つかもしれない。