2010年5月25日火曜日

face

 いつも地域医療・家庭医療では関係性が重要なのだと話していますが、僕は小さい頃から人付き合いが苦手です。外来では医師患者関係という非対称の中にあり、世間での人付き合いよりも圧倒的に優位な立場なので、その分下駄を履かせてもらっている。普段は下を向いている事が多いので、世間的には人付き合いの悪い、なんとなく話しづらい、付き合いにくい部類に入るのだと思う。最近はすこしだけましにはなっている気がするけれど。
 問題は顔なのだ、より正確にはその表情なのだ。あるときには優しく、高貴であり、ある時には恐ろしく、或いは不気味な、威嚇するようなもの、或いはまた切なく訴えるもの。それに合わせてこちらの感情と顔つきが変動する。たしかに脳或いは魂の表現として顔は特別な意味を持っている。同じような表情になるときに脳或いは魂は共鳴状態にあり、補色関係のような表情の対となるとき、波風は高いのだ。子供の表情はストレートで作為がなく、泣き顔も笑顔も心地よい。いつから女性は笑顔に哀しみを潜ませることを覚え、いつから男性は憎しみの目を笑顔にはりつけたのか?みんなまるっとお見通しだと言うのに。
 なんの話?・・・地域医療には関係性が重要で、そのもっとも基本となる単位が顔・表情の対であるということを言いたかったのでしたが、論拠もなにもあるわけではなく、自分のコミュニケーション下手の言い訳になってしまったようです。
PS:劇場版トリック面白かったです。

2010年5月19日水曜日

father and son, doctor and patient(2/2)

 という具合に学生さんたちを置き去りにレクチャーは進むので、彼らの頭上には多くの?マークがくるくると回転しているような気配があり、僕自身は変な汗で背中がじっとりしていたのでした。ああ、時間の進みが遅いし、空気が重い。K教授はなんだかにこにこしているような感じなんだけれど、こりゃ早く帰ったほうがよいな、と思いました。
 初めのスライドショーで子供たちの小さいころの写真を写しだし、”私が父になったのは、生物学的に彼が発生した時でもなく、母胎から離脱したときでもなく、ふにゃふにゃとしておっぱいを吸っている時でもなかった。彼が私をめがけてハイハイしながら近づいてきて、とうさん、と呼んだその瞬間なのである!このように父は発生し、その後も呼びかけに応えるその瞬間に私の中の父が立ち上がるのである!”・・・訳わかんないよねえ。続いて患者さんたちがこちらをみて微笑んだり、或いはじっとみつめるような写真のスライドショーをtsunamiのBMGを流しつつ思い出話をし、”そして同じように、医師とは、患者さんの視線にあって、それに反応するそのたびに発生する関係性のことなのである!”・・・と、言ってしまったのだけれど、変な宗教家みたいに見えたかなあ。自分なりに一所懸命だったのは確かなんだけれど。
 学生のFさん、そしてN君、つきあってくれてありがとう。来年はもう少しちゃんとした人になりたいです。

2010年5月18日火曜日

father and son, doctor and patient(1/2)

 H大学医学部の2年生さんたちは地域医療入門というレクチャーシリーズを受けている。地域医療の確保が大きな目標なのだと思う。ところで僕もその講師の一人として本日お話をしてきましたが、どうも気持ちが先行していて、あ?、いつも通りか、ひとりよがりの印象がいなめないまま帰宅。それでもK教授は真意を理解して優しく評価してくれたのだけれども。
 地域医療を家庭医療の視点で見たときにみえる風景を、community as partnerと関係性という2つの観点から説明しようしたのでした。話の半分以上がフォトアルバムの動画とそのナレーション(BGMつき。サザン)で構成して、その合間にkey wordの説明をしました。その後に診療所で一ヶ月間研修していた同学部6年のN君の研修報告あり。最後にフォトアルバムを映画のエンドロールのように流して研修中のFさんの写真でストップモーションとしてから会場を明るくし、Fさんが登場。Fさんの感想を2年生にお話してもらいました。この辺は少しかっこよかったかな。一瞬会場がどよめいていたし。
 関係性を説明するときに学生さんたちになげかけた質問;what is doctor? when does doctor become doctor?続いてwhat is patient? when does patient become patient?さらにwhat is father? when does father become father?  あんまりだよなあ・・・(続く)

2010年5月1日土曜日

whistling under the spring moon

 ふと気づくともう4月が終わろうとしている。新しい人たちを迎えて、夢や希望や、雪やあられや、解剖や病理や結婚の話で盛り上がっている間に慌ただしく一月が過ぎている。ああ、これは本当に夢なのではないか、と疑うほど、僕はうかれていたようです。まるで新芽のような若い医師たちやその奥様たちの姿を見る。うん、初々しい。学生さんや研修医の人たちとの議論が夜まで続く。ああ、楽しいけれど、新婚さんにはちょっと気の毒でもあるが、これが人生なのだよとさすがに50歳を過ぎた僕が言うのも、妙に誇らしい。そうそう、僕はあんまり酒が飲めないのだけれど、無粋なことは言わないから、うんと楽しんでくれ。桜祭りは最近ご無沙汰だけれど、不思議なことに、僕は春の宵の月の下で、少し酔っぱらっちまって、はるかに望む岩木山に向かって一人口笛を響かせているような気分なんだ。
 なんだか不思議な4月でした。みんなありがとう。これからもよろしく。