2008年12月2日火曜日

自治医科大学の冒険その2

 前回からの続き。どうなることかとの心配をよそに、自治医科大学の卒業生たちへの評価は予想以上に高かったのでした。もちろん需要と供給の関係があり、経験は浅いけれども、とにかく一所懸命に医療を提供しようとする若者たちを評価してくれたということなのでしょう。特に一番最初に赴任した人たちの仕事ぶりは知識・技術もさることながら、へき地で体験された数々の物語は非常に感動的であり、『いま、へき地医療は』という本の中で長く語られることになります。ほっとするのと同時に、大学の人たちは自らの教育に自信を得たのではなかったでしょうか。学校では基本的な医学を教える。地元の医師に多科研修をお願いする。へき地に出向けば、それなりに貢献できてしまう。いいんじゃない!ほーらね。
 やがて卒業生たちは、自分たちに”総合医”という名前をつけるようになる。自分たちで自分たちに名前をつけるということの意味。親の知らない名前。そしてこの名前、この新しい言葉が、次の冒険或いは混乱への契機になるとは誰も知らないのでしたが、今となってはそれは1つの運命だったということになりますね。さらにつづく、かな?
 

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