2010年12月3日金曜日

extraction of the memory of UK 1; tomorrow's doctors

 tomorrow's doctorsという言葉に、その内容を知らぬまま、僕は避けがたい魅力を感じていた。現実的にいろいろな問題があっての医学教育改革であり、一般医GPの待遇改善や質的保証であったはずの英国医療事情の変化とその目指すところを端的に象徴している。それはまるでIconだ。tomorrow's dotorsー英国における卒前医学教育の基本理念と方法を示す文書のタイトルでありGMC(general medical council; 日本の厚労省のような組織)が何回かの改訂を行い現在に至っている。Iconの力おそるべし。tomorrow's doctorsはundergraduateのものだけれども、卒後の臨床研修にしめされている内容は完全にこれを踏襲しているし、またそれに響くように卒後臨床研修のサブタイトルはnew doctorsなのだ。faculty developmentも当然これらに合致する方向で行われているように見える。
 今回の渡英は実にそのIconの力がなしえたものだ。すでにその魔力にそまった僕の目には英国で経験する多くのことがそのようなものとして写ってしまうのは避けがたいことだったような気がする。記憶の取り出しと再構成は、したがって、そのようなmimd setの状態で行われることになるはずなので、読まれる方、ご注意ください。

2010年11月30日火曜日

how to experience a new experience/back from England

 ついに英国に行って参りました。10日ほどの渡英で帰ってから1週間経ちますが、やっと体調が元のレベルに戻った感じです。短期間にいくつかの施設を巡り様々な人に会い、僕はなにを学んだのであったかと振り返る日々です。記憶を再生し、新たに構築して、その中から力のある物語を取り出したいと思っていますが、まだ少し時間がかかりそうです。
 しかしながら、今回の経験の中でもっとも特筆するべきは、自分の経験の仕方の変化であったと思います。修学旅行のように静的にコンテンツをなぞるのではなくて、その場でコンテンツが立ち上がり動き出すような感覚を感じつつ、同時に俯瞰的な意識を保った見方。例えて言えば、ある程度熟練した外科医が、他の外科医のする手術をみるときの感覚に近いものの見方になっているようなのでした。しかも手術だけではなく、それをささえるスタッフの息づかいやチームワークまで同時に感じてしまうような。・・・どうも、言葉が足りない。
 もう一度再考します。
PS:英会話、やっぱりダメでした。

2010年10月31日日曜日

words,sentences,and narrative

 若い医師たちと話をしていてなにげなく言ったことが、後になって、自分ながら重要な意味を持つように思えることがある。これもその1つ。僕はたしかこのように言ったのだった。”学生さんたち、あるいは初期研修医の人たちが、外来の診察を理解できないのは当然だよ。だって、彼らの知っているのは、せいぜい単語(医学知識)かあるいは基本的な短文(典型的な診断)なのだし、実際の地域医療で行われている外来診察は物語を読み込んでゆく作業なのだから。単語の数が多いからといって、小説は読めないでしょ。文脈あるいはコンテクストが重要なのだし。”そして、”だからまた、外来診療を見ていて知っている単語だけを拾うような見学実習は意味がない、ってことだよ。少なくても、単語を確かめるために外来診察をみていてはだめなことは理解しておかないとね。できれば物語を読むその読み方や、読み手と話し手のインターラクションからさらに変化してゆく物語のlive性を感じるようにするのが良いと思うよ。”、ということを、異様な熱心さで語っていたような気がする。なんでこんな話になったのかの記憶がない。どうしてこんなに熱く語る必要があったのかも。
 さらに後日、風呂に入りつつ思い浮かんだこと。物語の主人公の行動特性・それを語る人の性格の特徴は、確かに物語そのものというよりは、物語を発動する主人公あるいは本人の特性と捉えられるわけで、これはDr.Fたちの言うところの現象学的な観点と重なるものだろう。つまり、PCM(patient-centered method:患者中心の医療の方法)で行われている動作の中にすでに内在していたものなのではなかろうか。うーん、そうかな?そうあってくれると、考え方が統合できてわかりやすいのだけれどもね。

mentor without contraction

 基幹型研修病院から2回にわたって地域研修に来てくれたS君。地域医療の方法は、どれも地味だし、いわれなければその方法を使っているのさえわからないほどのものだから、その理解にはケースを通した議論しかないんだ。ほぼ毎日3-4時間にわたる検討会を通して、なんとなくそのことをわかってくれたとは思うのだけれど、最終日に君に言ったのが、”混乱の意味を知ることが地域医療のコアだ”、だから、ますまず混乱させたのに違いない。いや、けっして君をいじめているわけではない。結局、僕自身がそのようなことに呪縛されてもいるのだしね。ただしS君。君が僕の言葉で混乱しながらも、カウンターをあてるような質問のできることは本当にすばらしかった。一方通行ではつまらないし、こういった状況の方が、僕自身にとってはありがたいことだから。なにしろ、すぐ調子にのって、自分の解釈を、さもそれが真実のように話す悪癖があるから。
 そうそう最後の最後に”僕のいうことを信じるな”と言ったのは、そういうことなのだった。要は自分で考えろという落ちがついて、今回の研修は終了です。・・・5年後、また会いましょう。自称おしかけ教師とのコンタクトは生涯続くと覚悟されよ。いや、これもいじめではないってば。

2010年10月20日水曜日

how to listen to English

 英語。いつもやっかいな英語、特に会話。話せないのも困るけど、まず、聞き取れないのだから絶望的だ。渡英を前にしてニンテンドーDSの『もっと英語漬け』を引っ張り出したり、英語の本を買ったりと、泥縄式の日々にあせりは募るばかりです。幸いになことに通訳までできてしまう有能な女医さんが支援して下さることになっているので、開き直っても良いのだけれど、せめて半分くらいは聞き取りたいものだ・・・中途半端は帰って危険か・・・それでも、礼儀として(?)少しは練習した方が良いと思う。ちなみに、米国式の方が聞きとりやすく感じるのはちょっと不思議だけれど、教材が大抵米国式の発音のものだからなあ。
 こんな日々の中で最近、ほんの少しだけ、コツのようなものを発見した!テンポを合わせること。いままでは聞き取るときに単語或いはフレーズを意味を固まりとして翻訳しながら聞いていたのですが、これでは時間差で相手の発言を追うことになるので、非常に苦しい。実際、すぐに追いつかなくなるし、意味のわからない単語が出てきた途端に会話終了となる。そこで、意味は追わないで、音だけをなぞる。その際、16ビートを頭の中で(しかも前頭部眉間のあたりで)刻むようにするのだ。おー、こうするとそのまま音が聞き取りやすくなり、しかも、うまくゆくと7割程度が理解できるではないか!なんだか同時通訳の気分だ。
 もっとも、滑舌の悪い人や声の小さい人、或いは全く未知の単語を使った会話状況では太刀打ちできません。またリズム感が悪そうなしゃべり方をする人も難しいようです。事の顛末はまた11月下旬に報告予定。・・・どうなることやら。

 
 
 
 

2010年9月27日月曜日

tears in the heaven

 村のほぼ中央、ただし部落と部落の間にある人家の少ない場所で、すこし山側に入ったところに授産施設と言われる発達障害の方たちの施設がある。義務教育後の10代後半から60歳代まで人たち50人くらいがそこで生活している。月に一度診察に行く。ほとんど施設のスタッフと変わらない雰囲気で働いている人から全く言葉を解さない人までかなり認知機能には差がある。自閉症やてんかんの合併症も多く、時には思いがけない行動をすることもある。
 言葉をほとんど理解できず話せもしないはずの重度の発達障害の方がたまに発する言葉が、”ぽっぽっぽ”ともう一つ演歌のワンフレーズだった。50歳代のその方の母はもう亡くなっているのだというが、その母が彼に歌い語りかけただろう言葉だけが、意味を理解されないままのその人の記憶に残り、時に再生される。彼は母を思うのだろうか。母はなにを思っていただろうか。知らぬ間に、その人を自分の息子に置き換え、その母を自分の妻に置き換えてみている。彼は口元に締まりがなく、いつも涎が滴っている。僕は彼にほほえみかけている。

2010年9月21日火曜日

on community medicine forum

 先日自治医大の卒業生が中心になって地域医療フォーラムという集まりがありました。今回が3回目のこの会合には約350名の人が集まり、地域医療についてワークショップを行ったのでした。主催は自治医大、自治医大同窓会、そして地域医療振興協会。テーマは3つ。1)地域医療再生 2)高度医療機関における総合医 3)地域枠学生との関連 1時間半くらいの討議と各分科会からの発表がありました。それはそれで時間もお金もかけているのだし、ありきたりとは言え、みんなまじめに討議もしたのであって、文句をいう筋合いもありません。あー、それにしても東京は暑かった。
 自治医大の中ではいったいなにがどのように問題になっているものだろうか。各県の卒業生は自治医大が今この瞬間になくなったとしてもあまり大きなダメージはなく、地域の医療に邁進するのだろうけれど、大学の教授たちはどうしたものなのだろうか?多分、各大学にそれなりにちらばってキャリアを続けているのだろうけれど、地域医療にはなんら支障はないように思う。彼らは地域医療を直接に思い煩うこともなかったのだろうし。だって、traditionalな教授たちなんだもの、仕様がないではないか。地域枠があろうがなあろうが、彼らには興味なんてあるはずがない。研究が全てなんだから。
 僕はこのようなひどい想像をするほど大学を愛しているのだろうと感じるけれど、これはなんだか妄想の類かもしれない。あ〜命捨つるほどの、母校はありや。普通、ないか・・・