2009年4月14日火曜日

dance, dance, dance

 患者中心の医療の方法(PCM;patient-centered  method)を説明するのによく使うメタファーがある。今週来てくれたK病院の研修医のAさんにも用いたそれをdanceの暗喩と個人的に呼んでいます。ある時は野球に例えたり、またある時はジャズ演奏に例えたりと、話す人の興味に関連して変えていましたが、このdanceというのが最もわかりやすいのではないかと思っておるわけです、おっほん。誰?・・・
 もっぱら社交ダンスを想像してみたまえ。ダンスを知らないご婦人と手を取り合って彼女とともに形成するであろう演舞の困難さもまた。合一するベクトルをいかに優雅なものにできるかは、畢竟コミュニケーションにその鍵があるものと思い給え。相手をただ押してはならない。壁にぶつけて傷つけるのが落ちだ。だた押されてもならない。永劫の退却があるだけだ。我々は円を描いて回る必要があるのだ。そしてその力強い演舞を保証するのが足腰の強さであるように、疾患ベースの知識や技術が高度でなくてはならないことも忘れてはならない。
 それでね、Aさん、その足腰を鍛えるのが毎日3〜4時間に及ぶこの検討会というわけなのさ。だから、もうちょっとつきあってね。danceでgo!ってゆうでしょ?言わないか。

2009年4月7日火曜日

a dragonfly in the sky

 一般的な大学の講義ではね、いまにして思えば、標本箱の中にあるトンボの勉強をしていたような気がするんだ。大きさや関節の構造、色彩や柄、羽と体部の比率、眼球の構造などを(多分)勉強したことになるのだけれど、飛んでいるトンボにはどうしても到達できないよね。そもそも天空を滑走するあの自由なトンボをそのものとして観察する方法さえ、僕らは獲得しているとも思えないしね。その流儀で行くと、総合病院や大学病院ではトンボの方から飛び込んで来るのを待っていれば良いのだけれど、地域というフィールドでは全然そんなことはなくて、近づけないことさえあるくらいだよ。さらに調子に乗って言えば、トンボが生きるための生態系だって、僕らGPにはとても重要な関心事だってことになる。あの池を美しくありつづけるための方策、或いは害をなす虫たちが発生しないようにすることだって無関係ではいられないのだ。同時に自分がその自然体系の一部であるということも避けられないでしょ。GP面白いよね!(H大学の学生さんとのお話で使ったトンボの標本の話から)

2009年3月31日火曜日

relationship's equation

 地域医療についてH大学の学生さんたちに説明する時に用いる等式がある。前回のGDTに続いて必ずや(或いはたまには)物議を引き起こすであろうことを書いてみます。考えてみれば臆面もなく授業で使ったりしているし、考えるまでもなく試験にも出したりしているくらいなので、どうどうと書かないと、むしろ学生さんたちに合わす顔がないってもんです。授業で使っているものを少し改変して、もっともらしい形で次のように表します。
community practice
   = ∫ disease × illness × person × context / I(doctor)dp/dt ・・・(1)
  community practiceは地域で行う医療というほどの意味、またdiseaseは疾病を、illnessは病い体験を表します。personはその人の性格も含めた人間特性で時間によって変動するもの、またcontextはその人と繋がりのある人や組織で家庭や会社或いは地域社会との関連項です。分母のIは医師としての自分のこと。ある時点の診療をpとしてその時間の積分がcommunity practiceになるという感じ(表現の仕方が厳密にはまるで間違っているかもしれないです)。さらに略号を用いて見やすくすると、
 CP=∫ D・ Il・ P ・C / I dp/dt ・・・(2)
 この(2)式の右辺をよく見ると、分子が全て分母Iに関係している状態というのがわかります。疾病と医師との関係(知らないものはなにもできない)、病と医師の関係(共感できないものは理解できない)、性格特性と医師の関係(うまが合うとか合わないとか)、取り巻く人や地域との関係(その家族を知っていると行動がかわる)。だから関係性の等式と名付けてみました(relationship's equation)。そして時間の経過で全く異なる医療ができてゆくということ。これは複数の医師がいれば複数の地域の医療が同時に存在するということであり、実はとてもrealなものだとも思います。ややこしや〜、いや、これも当たり前のこと。

2009年3月18日水曜日

general diagnostic theory

 またまた変な造語を英語に置き換えて煙に巻いている訳ではないのですが、こんな言葉になるのかなあ。研修医の先生方とのやりとりの中で結晶化した汎用診断理論(或いは屁理屈)。あえて英語にする理由もないのですが、以前お話していたheart station projectの1つに英国一般医・家庭医との連携を考えているものですから、そのためのほんのささやかな英語練習の一環で、われながら大海に一滴という感じで、ちょっと泣けてきますね。
 さてそのGDT(笑)のこと。結論から言うとあんまりシンプルで当たり前のような気がして、ブログにのせるのもどうかなあとは思いましたが、なんだか、結構研修医の人たちの反応が良いので、書いてみます。診断=障害部位(解剖)×時間経過(病理)この際、障害部位(解剖)は症状をキャラクター分析することで推測し、さらに時間経過を特徴的な病理変化と対応させることで診断名に至るというものです。この方法でゆくと、部位や系統は全く関係なく考察できるようになって便利です。皮膚でも骨格でも、心臓でも肺でも、神経でも精神でも、同じ思考過程になって行きます。当たり前って言えば、当たり前なのだけれど、実際のケースで1つ1つ検討してゆくとその面白さがわかってくるように思います。おお、これこそGPのための診断学だあ!と叫んだのは夢の中でしたけどね。ああ、周りに人がいなくてよかった〜

2009年3月11日水曜日

the left hand, just set softly

 変なタイトルでしょ。今週はB大医学部の卒業生が地域研修に来ています。彼がバスケット部に所属していたというところから話は始まったのですが、ここでもうタイトルの意味が分かった貴方はきっと”スラムダンク”のマニアだと思う。そう安西先生に指導を受け、山王との戦いのクライマックスに花道がつぶやくその台詞!”左手は添えるだけ。”を勝手に英訳してみたものです。知らない方、すみません。
 夕方の検討会でPCM(patient-centered clinical method)を例のようにF先生オリジナルの4分割マトリックスで説明していた時のこと、たまに感じるちょっとした違和感ー簡単に理解できている、あんまり簡単に理解できることに軽い苛立ちを覚えていたのでした。”左手は添えるだけだよ、花道君”と言われて、それは誰でも理解できる簡単なことなのだけれど、流川(主人公・桜木花道のライバル)に花道へのパスを決断させるくらいの信頼を得るために、花道には何万回のシュート練習が必要であったことか。理解できることと自分がプレーヤーとしてなにごとかを成すことは全く別ものであって、playerになるためにはplayするしかない。playerとはplayする人のことだと、tautologyもなんのその、相変わらず脱線続きの夕方検討会でした。
 ”おれはGPですから。”という台詞に反応できるあなたは、きっと”スラムダンク”と地域医療のマニアだと思う。(ちなみにGPはgeneral physicianの略)

2009年3月6日金曜日

confusion, jazz, and primary care

 大変な事態で混乱しています。どうも春から常勤医が一人減ってしまう公算が高くなってしまいました。3人でやりくりしている地域の医療がただ1名の減員で大きく変わってしまうことは予想していたものの、いざ現実化するとなると不思議な感覚になります。悪夢が現実化したような、あれれ、これは夢で見たあれだ!ついに夢に追いつかれてしまったのか!という風に。
 しかし一方で、この混乱を比較的冷静に見ている自分がいることもまた事実で、深呼吸をしてぼうっと空を見上げた時のjazzyな感覚も同時に自覚できるようです。敢えて(やせ我慢ということですね)言えば、これがprimary careの性質であって、混乱と不安定性こそが地域医療の本性であるとも思います。ですから、primary care研修にはもってこいの環境が、敢えて言えば(超やせ我慢ということですが)整うことになりました。来たれ若人。confusion, jazz, and primary careという妙なキャッチフレーズを考えつく僕は、ちょっと、どうかしているでしょうか。大丈夫かなあ。俺。
 追伸:家庭医療・地域医療を目指す医師たちに告ぐ。ハヤクキテクレ。

2009年2月27日金曜日

Hello again

 長期間のご無沙汰でした。アクセスしてくれていた方たちには大変恐縮な事でした。実は昨年12月の末に無痛性左頚部リンパ節腫脹が発覚(女房に指摘されたのでした)。随伴症状もなく、他部位での腫脹もありませんでしたので、まあ、痛みはないのだけれど感染症なんだろな、と全く論理を離れて考えていました。ところが1ヶ月経過しても、抗生剤を服用しても、およそ3cmのリンパ節は縮小することもなく、ついに悪性リンパ腫を覚悟して某総合病院を受診しました。かつて僕のオーベンであった先生に頼んで、当日にほぼ全ての検査を終了。リンパ節生検もその日に手術場で行いました。
 思ったより緊張はなし。心電図のモニター音で心拍60程度で不整のないことを確かめたり、深吸気で心拍が変化するのを確認したりしていると、多少の痛みは織り込み済みの摘出手術は20分程度で終わったのでした。手術担当の先生に肉眼診断を尋ねると、”医師同士ということで率直に言いますが、悪性リンパ腫っぽいですね”とのこと。50%の事前確率はこの時点で90%に跳ね上がり、女房にその旨を説明すると、泣くこと泣くこと・・・。その顔をみて、今度は自分がもらい泣き。妙な感覚、誰が病気なのか一瞬わからなかったのでした。
 死ぬかもなあ50%の確率で。診療所の仕事は?子供たちは?抗ガン剤で髪が抜けたら、何色のかつらがいいかな。iPod買おうかな。好きな本をいっぱい買ってから入院しても、多分読む気力がないのかな。やっぱりマンガが良いか?3日後の大学の講義までに顔の腫れがひけるかな?疾風怒濤。なんだかお祭り騒ぎのようでした。
 その4日後、オーベンより電話あり。”病理診断では悪性リンパ腫ではないようなのだけれど、先生、木村病って知ってる?好酸球によるものらしいのだけど。”知りませんが、とにかく悪性リンパ腫ではないので、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。女房が喜びます、と、日本語が変でしょ!そういうことで、またブログを再開したいと思います。