2012年6月15日金曜日

diagnosis and solution in primary care/study on others

この秋に地域医療のテキストを出版することになりました。診療所の経験を方法論にまとめたもので、本のタイトルは”地域医療の方法ーdiagnosis and solution in primary careー”にする予定。このブログで述べてきたことを基本にして、実際の診療現場で具体的な例をどのように診断して、地域の中でどのように解決するかという本です。かつてこのブログの中で臓器にこだわらない汎用性の高い方法論を紹介したことがあったのですが、それをさらに生活レベルに拡張しています。治療と言わずにsolutionとしたのは、拡張した診断はその解を生活レベルや地域レベルにまで拡張することを要求するからなのですが、多分、もし機会があったら実物を読んでいただいた方がわかりやすいです。
 実はサブタイトルがあります。”その他”の研究(study on’ others’)。異常なしといわれ続ける人たち、或いは診断はつかないけれど、勝手に治ったり、生命には関係ないといって通常の医療からあまり注目されない状態をどうやったら診断できるのかということなのですが、自分でも、このような趣旨の本がどのような人に読まれるものか少々心許ないです。
 とは言え、primary careが本当に面白いと言えるようになった自分がほんの少しだけ誇らしいです。ここに来てくれる学生さんや研修医さんのお陰だと心から思います。出版の顛末やmaking、売れ行きなどこれから紹介したいです。よろしかったら付き合ってくださいね。

2011年11月9日水曜日

bullet tour ; what I have found is fellowship, or tribe

地域医療振興協会の海外視察研修で診療所委員会の仲間たちと一緒に英国と米国の家庭医療/一般医療の見学に行ってきました。1週間の弾丸旅行だけど。同じであることの確認、その違いの文脈依存性。そんなこと僕は知っていたはずなのに、あらためて現場で仲間たちとともに語り合っている。嗚呼、同じじゃないか。彼らの悩みもその喜びも僕らは知っていたのだし、そうそう、そうなんだよ、妙にはしゃいでいる自分がちょっといじらしい。帰国して、彼らの診療風景を想像する。その仕草や語り方が目の前に展開する。さらに一緒に旅行に行った仲間たちの診療を想像する。・・・本当に見えるような気がする(アムロか!と、誰かに突っ込まれているような気もする)。彼らが僕を奮い立たせる。彼らに恥じないようなものになりたいと思う。OK、僕らは、このjazzyな環境でも、なんとかやっていけるだろう。

2011年10月7日金曜日

hello...it's a kind of wind twittering

 本当に久しぶりだった。僕は自分が風なのかなと感じていた。うんと幼い頃の夕暮れ時に、体ごとオレンジ色に染まる故郷の岬で風の中、家族で過ごしたあの時以来のように思う。彼女は肝硬変で意識障害を起こすようになっていた。本当に長く外来でお付き合いすることになった彼女の人生は過酷なものであった。肝臓を患うきっかけとなった病がもとで家族は大きくバランスを失った形でしか存続することができなくなっていたが、気っ風の良さが彼女とその周りの者たちに力を与えていた。
 ある日、吐血で入院となった彼女は貧血のために蒼白であったが、かろうじて意識の低下はなく、口元にはかすかに笑みを浮かべていた。なにかが過ぎ去って行くような感覚、彼女の表情、仕草、その言葉と響き。ああ、風のようだ。そして同時に自分もまたそのようなものであると確信する。風が吹いている。いや僕らこそ風なのだと思う。

2010年12月3日金曜日

extraction of the memory of UK 1; tomorrow's doctors

 tomorrow's doctorsという言葉に、その内容を知らぬまま、僕は避けがたい魅力を感じていた。現実的にいろいろな問題があっての医学教育改革であり、一般医GPの待遇改善や質的保証であったはずの英国医療事情の変化とその目指すところを端的に象徴している。それはまるでIconだ。tomorrow's dotorsー英国における卒前医学教育の基本理念と方法を示す文書のタイトルでありGMC(general medical council; 日本の厚労省のような組織)が何回かの改訂を行い現在に至っている。Iconの力おそるべし。tomorrow's doctorsはundergraduateのものだけれども、卒後の臨床研修にしめされている内容は完全にこれを踏襲しているし、またそれに響くように卒後臨床研修のサブタイトルはnew doctorsなのだ。faculty developmentも当然これらに合致する方向で行われているように見える。
 今回の渡英は実にそのIconの力がなしえたものだ。すでにその魔力にそまった僕の目には英国で経験する多くのことがそのようなものとして写ってしまうのは避けがたいことだったような気がする。記憶の取り出しと再構成は、したがって、そのようなmimd setの状態で行われることになるはずなので、読まれる方、ご注意ください。

2010年11月30日火曜日

how to experience a new experience/back from England

 ついに英国に行って参りました。10日ほどの渡英で帰ってから1週間経ちますが、やっと体調が元のレベルに戻った感じです。短期間にいくつかの施設を巡り様々な人に会い、僕はなにを学んだのであったかと振り返る日々です。記憶を再生し、新たに構築して、その中から力のある物語を取り出したいと思っていますが、まだ少し時間がかかりそうです。
 しかしながら、今回の経験の中でもっとも特筆するべきは、自分の経験の仕方の変化であったと思います。修学旅行のように静的にコンテンツをなぞるのではなくて、その場でコンテンツが立ち上がり動き出すような感覚を感じつつ、同時に俯瞰的な意識を保った見方。例えて言えば、ある程度熟練した外科医が、他の外科医のする手術をみるときの感覚に近いものの見方になっているようなのでした。しかも手術だけではなく、それをささえるスタッフの息づかいやチームワークまで同時に感じてしまうような。・・・どうも、言葉が足りない。
 もう一度再考します。
PS:英会話、やっぱりダメでした。

2010年10月31日日曜日

words,sentences,and narrative

 若い医師たちと話をしていてなにげなく言ったことが、後になって、自分ながら重要な意味を持つように思えることがある。これもその1つ。僕はたしかこのように言ったのだった。”学生さんたち、あるいは初期研修医の人たちが、外来の診察を理解できないのは当然だよ。だって、彼らの知っているのは、せいぜい単語(医学知識)かあるいは基本的な短文(典型的な診断)なのだし、実際の地域医療で行われている外来診察は物語を読み込んでゆく作業なのだから。単語の数が多いからといって、小説は読めないでしょ。文脈あるいはコンテクストが重要なのだし。”そして、”だからまた、外来診療を見ていて知っている単語だけを拾うような見学実習は意味がない、ってことだよ。少なくても、単語を確かめるために外来診察をみていてはだめなことは理解しておかないとね。できれば物語を読むその読み方や、読み手と話し手のインターラクションからさらに変化してゆく物語のlive性を感じるようにするのが良いと思うよ。”、ということを、異様な熱心さで語っていたような気がする。なんでこんな話になったのかの記憶がない。どうしてこんなに熱く語る必要があったのかも。
 さらに後日、風呂に入りつつ思い浮かんだこと。物語の主人公の行動特性・それを語る人の性格の特徴は、確かに物語そのものというよりは、物語を発動する主人公あるいは本人の特性と捉えられるわけで、これはDr.Fたちの言うところの現象学的な観点と重なるものだろう。つまり、PCM(patient-centered method:患者中心の医療の方法)で行われている動作の中にすでに内在していたものなのではなかろうか。うーん、そうかな?そうあってくれると、考え方が統合できてわかりやすいのだけれどもね。

mentor without contraction

 基幹型研修病院から2回にわたって地域研修に来てくれたS君。地域医療の方法は、どれも地味だし、いわれなければその方法を使っているのさえわからないほどのものだから、その理解にはケースを通した議論しかないんだ。ほぼ毎日3-4時間にわたる検討会を通して、なんとなくそのことをわかってくれたとは思うのだけれど、最終日に君に言ったのが、”混乱の意味を知ることが地域医療のコアだ”、だから、ますまず混乱させたのに違いない。いや、けっして君をいじめているわけではない。結局、僕自身がそのようなことに呪縛されてもいるのだしね。ただしS君。君が僕の言葉で混乱しながらも、カウンターをあてるような質問のできることは本当にすばらしかった。一方通行ではつまらないし、こういった状況の方が、僕自身にとってはありがたいことだから。なにしろ、すぐ調子にのって、自分の解釈を、さもそれが真実のように話す悪癖があるから。
 そうそう最後の最後に”僕のいうことを信じるな”と言ったのは、そういうことなのだった。要は自分で考えろという落ちがついて、今回の研修は終了です。・・・5年後、また会いましょう。自称おしかけ教師とのコンタクトは生涯続くと覚悟されよ。いや、これもいじめではないってば。

2010年10月20日水曜日

how to listen to English

 英語。いつもやっかいな英語、特に会話。話せないのも困るけど、まず、聞き取れないのだから絶望的だ。渡英を前にしてニンテンドーDSの『もっと英語漬け』を引っ張り出したり、英語の本を買ったりと、泥縄式の日々にあせりは募るばかりです。幸いになことに通訳までできてしまう有能な女医さんが支援して下さることになっているので、開き直っても良いのだけれど、せめて半分くらいは聞き取りたいものだ・・・中途半端は帰って危険か・・・それでも、礼儀として(?)少しは練習した方が良いと思う。ちなみに、米国式の方が聞きとりやすく感じるのはちょっと不思議だけれど、教材が大抵米国式の発音のものだからなあ。
 こんな日々の中で最近、ほんの少しだけ、コツのようなものを発見した!テンポを合わせること。いままでは聞き取るときに単語或いはフレーズを意味を固まりとして翻訳しながら聞いていたのですが、これでは時間差で相手の発言を追うことになるので、非常に苦しい。実際、すぐに追いつかなくなるし、意味のわからない単語が出てきた途端に会話終了となる。そこで、意味は追わないで、音だけをなぞる。その際、16ビートを頭の中で(しかも前頭部眉間のあたりで)刻むようにするのだ。おー、こうするとそのまま音が聞き取りやすくなり、しかも、うまくゆくと7割程度が理解できるではないか!なんだか同時通訳の気分だ。
 もっとも、滑舌の悪い人や声の小さい人、或いは全く未知の単語を使った会話状況では太刀打ちできません。またリズム感が悪そうなしゃべり方をする人も難しいようです。事の顛末はまた11月下旬に報告予定。・・・どうなることやら。

 
 
 
 

2010年9月27日月曜日

tears in the heaven

 村のほぼ中央、ただし部落と部落の間にある人家の少ない場所で、すこし山側に入ったところに授産施設と言われる発達障害の方たちの施設がある。義務教育後の10代後半から60歳代まで人たち50人くらいがそこで生活している。月に一度診察に行く。ほとんど施設のスタッフと変わらない雰囲気で働いている人から全く言葉を解さない人までかなり認知機能には差がある。自閉症やてんかんの合併症も多く、時には思いがけない行動をすることもある。
 言葉をほとんど理解できず話せもしないはずの重度の発達障害の方がたまに発する言葉が、”ぽっぽっぽ”ともう一つ演歌のワンフレーズだった。50歳代のその方の母はもう亡くなっているのだというが、その母が彼に歌い語りかけただろう言葉だけが、意味を理解されないままのその人の記憶に残り、時に再生される。彼は母を思うのだろうか。母はなにを思っていただろうか。知らぬ間に、その人を自分の息子に置き換え、その母を自分の妻に置き換えてみている。彼は口元に締まりがなく、いつも涎が滴っている。僕は彼にほほえみかけている。

2010年9月21日火曜日

on community medicine forum

 先日自治医大の卒業生が中心になって地域医療フォーラムという集まりがありました。今回が3回目のこの会合には約350名の人が集まり、地域医療についてワークショップを行ったのでした。主催は自治医大、自治医大同窓会、そして地域医療振興協会。テーマは3つ。1)地域医療再生 2)高度医療機関における総合医 3)地域枠学生との関連 1時間半くらいの討議と各分科会からの発表がありました。それはそれで時間もお金もかけているのだし、ありきたりとは言え、みんなまじめに討議もしたのであって、文句をいう筋合いもありません。あー、それにしても東京は暑かった。
 自治医大の中ではいったいなにがどのように問題になっているものだろうか。各県の卒業生は自治医大が今この瞬間になくなったとしてもあまり大きなダメージはなく、地域の医療に邁進するのだろうけれど、大学の教授たちはどうしたものなのだろうか?多分、各大学にそれなりにちらばってキャリアを続けているのだろうけれど、地域医療にはなんら支障はないように思う。彼らは地域医療を直接に思い煩うこともなかったのだろうし。だって、traditionalな教授たちなんだもの、仕様がないではないか。地域枠があろうがなあろうが、彼らには興味なんてあるはずがない。研究が全てなんだから。
 僕はこのようなひどい想像をするほど大学を愛しているのだろうと感じるけれど、これはなんだか妄想の類かもしれない。あ〜命捨つるほどの、母校はありや。普通、ないか・・・

2010年9月16日木曜日

new curriculum-2

 僕が望むカリキュラムは総合医の現場に即したとても現実的な履修項目の提示から始まることになる。時間、空間そして形式或いは方法論という大枠をまず示すこと。
Ⅰ  時間
Ⅰ−1.emergent Ⅰ−2. acute Ⅰ−3.chronic Ⅰ−4. life
Ⅱ 場所
Ⅱ−1. surgery Ⅱ−2. hospital Ⅱ−3. home Ⅱ−4.community
Ⅲ 方法
Ⅲ−1.communication Ⅲ−2. diagnosis Ⅲ−3. intervention Ⅲ−4. PCM
これらは例えば、急性の状態×診療所設定×診断・治療という状況が考えられるということを表現できる。次にそれぞれの履修すべき下位項目が続く。
Ⅰ−1 emergent
①consciousness disturbance ②shock ③dyspnea ④chest pain ⑤trauma
Ⅰ−2 acute
①pain ②fever③anxiety④organ specific symptom⑤・・・(未定)
Ⅰ−3 chronic
①knowledge of chronic disease ② behavior change 
 つまり時間の切迫状況に応じて対応するべき症候を中心にした分類を基本にするということ。例えばacuteでpain,feverという項目がありますが、これらは臓器にとらわれない考え方が必要であるという意味で総合或いはgeneralらしい視点を提示していると思います。地域の現場では痛みや発熱で受診することが非常に多いのですが、痛みに関して言えば、領域にこだわらずに痛みをとらえ解析することで不確定な状況に対応しやすくなります。またemergentの状況では、意識レベルの判断・対応、バイタルサインを常に意識しながら行う医療行為、心臓血管系への配慮、そして外傷対応は必須であって、実際の救急室の動きをなぞらえたものになっています。慢性疾患では各疾患別のコントロール状況と検査ならびに行動変容が大きなテーマになっていますのでこのように分類しました。最後のlifeという項目はlife eventを含んだ生活に関連したものの見方とアプローチを学習するものです。
 これらに続いて、さらに具体的な臨床に即した学習項目をお示ししたいと思いますが、え〜、さらに続く・・・かなあ(実はまだ思案中)。
 



2010年9月15日水曜日

new curriculum−1

 医師会雑誌に生涯教育新カリキュラム〈2009〉が掲載されていた。医師会主導の総合医認定のためのカリキュラムで、福井次矢先生をはじめ医学界ではつとに有名なメンバーが数年をかけて制作したものだという。地域医療の崩壊への有力な解決策として出されたのが”総合医”であったはずのカリキュラムは、なんと実行される前に医師会の新人事とともにまるで骨抜きにされたのだった。生涯教育受講認定書が欲しい医師会所属の専門医の便を図ったのだそうだけれど、広い範囲の内容を取得することが前提のこの仕組みが、好きな科目を決められた時間受講するだけでよいという以前の形に戻ってしまっている。地域住民のための計画が、医師の便宜でご破算にされる。カリキュラム制作に尽力された方々の深いため息を思って、こちらも深いため息が出てしまう。professionalismが泣く。30年前も、20年前もすべて総合を目指した研修カリキュラムは医師の都合で不発に終わった。世間は失敗の事実さえ知らなかった。それでも現在希望があるとすれば、地域医療の崩壊を目の当たりにした世間が、以前よりも医師の研修やその考え方に注目しているということだ。社会の要請と無関係なprofessionとはそもそも語義的にみてもありえないのだし。ばかやろー(と、海に)。
 医師会の新カリキュラム自体は、さすがに、洗練されていて美しいと思う。作成された方々の情熱や優秀さがよくわかる。ただ、本当に僭越と思うのですが、地域医療の現場から言えば、少し物足りないとも感じます。僕が欲しいのは・・・次回に続く。
 
 

2010年9月13日月曜日

communication dive

 季節がようやく秋らしくなったせいか、少しいつもの感じをとりもどしている。渡英の話、或いは若い同僚たちの結婚話もあり、息子の進学や就職のこともあり、今週末は東京出張もあって、やっぱり落ち着かないのはいつものことだけれど・・・そうそう少しいつもの感じ。外来の会話の中に沈潜してゆくときの妙な感覚のこと。最近は、相手の視線のベクトルの中に、自分の視線を飛び込ませて、自分の表情を相手側から想像するという変な作業をしている自分に気づいて驚く。彼の表情の微妙なゆらめきに、自分の表情が同期する、或いはその逆、さらにまたその逆。まるで自分の顔を鏡で見ている時のようにいたたまれなくなってきて、すぐに視線を下方5度ほどそらせては、ではまたいつものお薬を、なんて言っている。なにをやっているんだか・・・コミュニケーションの起源を追体験しているような気もするけれど、なんだか触れてはいけないものに触れているような気もする。或いはこんなことはあんまり普通すぎて、みんな感じないのだろうか。コミュニケーションは考えるほどに難しい。意識する人ほど、難しいのだろう。意識せずにするコミュニケーション、これはまた相当に困難だろうし、そんなのそもそも必要とも思われない。
 外来診療の不思議さや奥深さや恐さを感じつつ、それでもcommunication diveするのだ。そこは多分、家庭医・一般医の住み処だからね。うーん、自分の首をしめている気がする・・
 
 

2010年8月31日火曜日

teaching medicine in the community

 英国の地域医療と医療教育を視察する下準備ために医学教育に関連した文献を読んでいます。あらためて日本の新臨床研修制度の内容とそれを実行するために展開されている指導医講習会のことを考えながら、その理想と現実の間隙の深さに戸惑いを感じます。僕を含めた指導医講習会の受講者たちが、はたして現場でその教育理論を用いながら、現実的にその体現者たりえたかというと、実のところ厳しいです。各科には徒弟制度の影響がまだ色濃く残っている状況で、講習会でならった成人学習理論・学習者中心の教育を実行することの困難さは、議論するまでもなく分かってしまう。そもそも大学での教育でさえ全く学習者中心ではないのだから、当たり前と言えば当たり前のことなんだけど。
 臨床研修制度の内容は決して悪くない。ただ、その大きな目標となっている医師としての人格の涵養や学習を自発的に続ける能力の獲得といったところになると、これは、忙しい各科の現場ではなくて、むしろ大学でこそ系統だって学習するべきもののように思う。表題の本を読むと、かの国ではこれを卒前教育として地域中心で行っているようなのだ。医療制度等のお国の事情はあるのだけれど、膨大な情報の氾濫、医療の社会化、他職種とのチームワークなどが必須の現代で、医師として生涯発展するための能力をこの時期に、しかも地域という現場で獲得するというのは本当に重要だと深く思う。自治医大の卒業生たちが自前で獲得してきたことと同じ形であることにも驚きました。なんという教育システムだったことか!
 研修制度のマイナーチェンジがあったけれど、大学教育との連動の必要性はあまり問題にされてないのだろうか?各科の技術は卒後の研修で、医師としての基本骨格(内容ではなくてその形)は大学で。多分それには従来の慣習を大きく変えなければならないし、母校自治医大もそれに気づかなければ、未来はないとも感じます。各地域にいる卒業生がいなければ、実は自治医大は普通の医学校の1つに過ぎませんからね。

2010年8月27日金曜日

story telling: live and let live

 1ヶ月或いは3ヶ月という長い期間を地域研修に費やして帰って行く研修医の人たちを見送るのはいろいろな意味で感慨深い。その会話の断片を思い出す、多少の痛みも伴って。
 彼らが傷ついたり悩んだりするそのたびに、何か言葉をさがしてきて語るのは、やはり自分のこと以外ではないのだけれど。自分の経験を再構成して語る物語から、なんとか力のある言葉を取り出そうとする作業は思いの外難しい。まず彼らの今の文脈とそのテーマに合わせて自分の経験を再構成する。もとより客観的な経験というものが存在しない以上、それを実際の経験とするのは無理があるのだけれど、物語として語ることで、とくに力のある言葉を発見できれば、聞くものに勇気をあたえることができるだろう。未来に踏むこむ力になるだろう。それ以外に自分の経験を後輩に話す理由など本来はない、と感じる。しかしながら再構成した自分の経験を語ることで、自分もまた救われるという鏡合わせのような構図もあり、どちらがより多くを得ているかというと、おそらく自分の方なのだ。このことに自覚的であろうと思う。ひとりよがりは僕の悪い癖だ。言葉が相手をさらに傷つけることも多く経験したのであるし。
 T先生、M先生、またいつか会いましょう。

2010年8月7日土曜日

go england go

 秋に英国に出かける予定。昨年は医師数が1名減ってしまってそんな余裕もなかったのだけれど、今年はなんとか行けそうです。たった1週間なのですが、目的は2つありました。1つは新しい診療所を中核にした地域医療・家庭医療のネットワークを広げて、この分野を希望する若い人たちにとってより活動的で魅力のある機会を提供できる施設になること(この地域の医師確保が大きなテーマではあるのですが)。そのための布石。もう1つは個人的なもので、GP(一般医:general practicioner)と言えば英国がオリジナルという感覚がずっとあって、米国式のFP(家庭医:family physician)とはちょっと毛色が違うgeneralistたちの実際の活動、その考え方や行動の生の姿を見てみたいというのがありました。医療システムの違いや民族性の違いはもちろんあるにしても、医師・患者という1対1のそのリアルな場面で生成されるだろう日常診療には共通の形式と問題点があるはずで、それを見たり或いは議論してみたいということでした。GPとしての自分をさがすような或いは確かめるような旅にもなるはずなのですが、かんじんの英語力がなあ・・・それでも気分はgo go englandです(いくぶん昭和的)。

2010年7月28日水曜日

dream of multiple thread;PCM×phenomenology

 なんでこんな夢をみたのか自分でもいぶかしいのだけれど、夢の中では、 "そうだ、multiple threadこそが、全てを(いかにも夢っぽい断言の仕方で)説明するのだ。”と言っていた。multiple threadなんて言葉も、どこかで聞いたことがあるなあ、というくらいでよく知りもしないのに全く不思議なことでした。夢の中のそれは、関係性による物事の存在成立を1つの平面(plane)とイメージしていて、それが無数にかさなり合って世界が成り立っており、しかも同時に併存していること。また1つのplaneは各自の関心志向性によってなりたつセットになっており、このplaneのどこかへの接触の違和感と親密感が他者性のよりどころになっている(夢では)。なお各自が無数に持つplaneはさらにメタな関心志向によって貫かれ、再構成され、随時新たな或いは一時的なplaneを形成する。このplaneの生成の有り様をmultiple threadと言っていた・・・ような気がする。ちなみに、今朝wikipediaで調べてみると、threadの原義はより糸を構成している1本の糸のこと。よくコンピュータのプラグラム関係で使われている言葉で、プロセスよりも細かい並行処理の実行単位と説明されている。うーん、なんだかよく分からないが夢の話と似てないわけでもない。おそらくPCMと現象学の話からたまたま出てきた夢なのだろうけれど、せっかくなので実際の臨床でその意味を考えてみようかな。

2010年7月23日金曜日

the magic dragon swings his magic wand

 先日I市民病院からお手伝いに来て下さったmagic dragonことN先生の話。painに関する知識や技術に長けていて、もう本当に魔法をみているようでした。magic dragonというニックネームを勝手につけたのは、そのユニークな経歴やliberal artsへの思いの深さが、まるで異国のお話のようだったからでしたが、医療面での卓越さを目の当たりにして、ありゃりゃ、本当に魔法使いのようだな、と思ったのでした。さらに言えば、前回のブログに関連しますが、臨床への現象学的な視点の導入についても相談したのでした。そりゃもう、本を調べるのでもなく、問題となっていた文章を解析してささっと教えていただいたりして・・・うーん、呪文?そしてまた、あっという間に尾駮診療所から姿を消していたのでした。また、おいで下さいね〜

2010年7月20日火曜日

analysis of crying ; an introduction of phenomenology

 泣くということ。最近は確かに涙もろくなっていて、以前ではありえない状況で涙が出る或いは目頭が熱くなる。一般的に年齢によると思われているこの手の変化は、実は同じ表象をとらえるこちらの志向性が大きく変化したことによる感情反応の変化なのだと現象学的な知見は教えてくれる。はかなさの経験、或いは失うことのせつなさを獲得したことで、自分の中の認識は変わっているのだ。音や味や色彩の感じ方に個人差や経験が関係するように、僕の涙もろさにもそのような変遷があるのだろう。僕が生きてきた人生によってもたらされたものであるにしても、この涙もろさは僕に固有の物語では説明がつかない。一所懸命な人を見ると涙が出るということを、そのときにそういう人を見ていたという状況で説明することは難しい。涙もろさの発現には、はかなさ・失うことのせつなさの獲得という認知行動的な変化が必要だったのだ。たぶんDr.F(たびたび登場する僕の友人)が臨床にとりいれようとしていることの内実はこのようなものだと思うのだけれど。
 実は、先日久しぶりに若い女性が泣く姿を見て、その事情を検討する必要ができたのでした。どんな状況で、どうして泣いたのか。彼女の解釈は?希望は?こちらの対応は?これらの物語的な解釈で理解され解決される問題も実際の臨床では多いのですが、ある人たちとっては周りの状況にその責任を帰するよりも、その人にとっての泣くことの意味或いはその認知・行動特性にアプローチしたほうが適切と思われることもあります。そしてそのアプローチの選択は多分やってみてだめだったら、他のアプローチへ、というのが現実的かなあ、と、 やはりこれも経験から獲得した(年取ったと言うことですね)日和見主義を炸裂させつつ思うでした。Dr.F、現象学の入門書やっと一冊読みました。
 

2010年7月9日金曜日

to know why not to know

 先日調子にのって汎用診断論なんというものだから、そのすぐ翌日に、診断できないで3次病院にお願いした方がおりました。うーん、天にみられているような感じではありますが、この際、なぜ診断ができなかったのかを考察してみます。
 まず、汎用診断論では障害部位(解剖)×タイムコース(病理)で仮の診断名を決めます。その病因に関しては発生状況から予想することになります。また、その時点のバイタルサインにはリアルタイムな病態生理が反映されていると考えます。ですから、現実の対応としては、病態生理に即時対応しつつ(循環、呼吸、意識が中心)、診断を同時に或いはそれに引き続いて行うということになるのでした。例えば次のような形になります。
1)病態;呼吸不全  
2)診断;肺炎:肺の広範な浸潤影(解剖)×上気道症状から1週間での増悪(タイムコース)
3)病因;肺炎球菌?:市中での発症、高齢者 糖尿病
 以上から、診断ができないときは、当然ながら、障害部位の特定ができないか或いはタイムコースの把握ができないとき、ということになります(病態があまりに逼迫していれば診断まで辿り着けず、高次医療機関に搬送ということもあります)。今回診断がつかなかった方の場合、障害部位はおそらく消化管×急性発症で持続性かつ波状の変動があることから急激な血流障害?ということで、解剖・病理(特に病理)いずれの要素も不確実性が高い状態でした。また病態としてはバイタルサインは比較的安定していましたが、痛みはおそらく経験したことのないようなレベルのつらさであることから逼迫した痛みの発生が疑われました。まとめると、①診断は解剖<病理の両方で不確実であり危機的なものを否定できない、②病態(痛み)は逼迫しておりさらに診断する時間の余裕がなかった、ということです。診療所でのこれ以上の診療は危険と判断し搬送いただきました。無事な帰還を祈ります。